大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)275号 判決 1960年1月27日
控訴人(債務者) 株式会社八木組
被控訴人(債権者) 平野修 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人等の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴人等は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、
被控訴人等において、「控訴人の後記自白の取消に異議がある。被控訴人等はいずれも期間の定なく雇傭せられた者であつて、その日その日新しく一日限りの労働契約が締結せられたものではなく、賃金も日日支給されているものでもない。控訴会社において賃金月二回払の労働者を日雇労働者と呼称しても、それはあくまで職制上の呼称にすぎず、現実の雇傭関係を規制するものではない。日日雇入れられる者でも一箇月以上にわたつて勤務することが明示的又は黙示的に約束され、引続き一箇月以上使用されるに至つたという客観的事実があれば常傭的性格を帯び実質的には期間の定のない雇傭契約が存在するものとみるべきである。又、被控訴人名児耶が訴外富士製鉄株式会社を相手に解雇無効の訴を提起しているからといつて、同被控訴人は右訴外会社に就業し、同社の従業員としての地位を保障されているわけではないから、右常傭性を左右するものではない。仮に被控訴人等が日日雇い入れられる者であり、控訴会社の解雇通知が以後日日雇い入れをしない旨の意思表示であるとしても、引続き日日雇い入れ契約を更新した場合、日日雇い入れ契約を更新することが明示的又は黙示的に約束されている場合には、契約更新を拒絶することは、それが被控訴人等のなした組合活動を理由とするものである以上、労働組合法第七条にいう不利益な取扱いに該当する。控訴会社が被控訴人等を解雇するに至つたのは、被控訴人平野が昭和三三年一〇月二〇日控訴会社代表者八木松太郎に交通費を要求したのを契機に被控訴人等が姫路土建労働組合の組合員であり、組合活動を行つていたことを知つたからで、控訴会社は同月二五日被控訴人等に対して一五日間の雇傭契約の締結を求め、拒絶せられるや、更に山本保夫等をして退職を勧告せしめ、被控訴人等においてこれに応じないことが明らかになると、同月三〇日解雇予告をなし、次で同月三一日右組合から解雇撤回の団体交渉を申入れたので、これを拒否するため同年一一月二日即時解雇を行つたものである。従つて、控訴会社は少くとも同年一〇月二九日までには被控訴人等が右組合の組合員であり、被控訴人等の行つた活動が右組合としての行動であることを知つていた筈である。仮に控訴会社が被控訴人等が右組合の組合員であることを知らなかつたとしても、その行動を理由に解雇乃至更新拒絶の意思表示をすることは組合活動を理由とする不利益取扱いである。又単に個々の労働者の活動であつても、それが労働者の団結を図り、労働条件の改善のための行動であれば、やはり組合活動ということができる」
と述べ、
控訴代理人において、「本件雇傭契約が期間の定のないものであることは否認する。もつとも控訴人は昭和三三年一一月一七日の本件口頭弁論期日においてこれを認めたが、右自白は真実に反し且つ錯誤に出でたものであるからこれを取消す。被控訴人等はいずれも日日雇い入れられる者として雇傭せられたものである。控訴会社においては期間の定のない雇傭契約を締結するには労働者から履歴書、身元引受書を提出せしめており、且つ期間の定のない労働者には毎月一定日数の有給休暇を与え、賃金支払も毎月一回行つているものである。しかるに、被控訴人等はこれらの条件を全然具備していないのみならず、被控訴人等は控訴会社不知の間に工事現場にもぐり込み現場責任者を欺罔して日雇人夫として就労したものであり、且つ失業保険法上も日日雇い入れられる者として取扱われていたものである。殊に被控訴人名児耶は就労当時訴外富士製鉄株式会社を相手に解雇無効の訴を提起し、自己が同会社の従業員であることの確認を求めているのであるから、同被控訴人には控訴会社と常傭契約を締結する意思がなかつたものというべきで、被控訴人等が日日雇い入れられる者であることは明らかである。ただ本件においては日雇契約が黙示的に更新されていたものであり、日日の賃金支払の煩を避けるため月二回に一括して支払われていたにすぎない。雇傭契約が期間の定のないものか、日日雇い入れのものかは当事者の意思を中心に使用者の業務内容、労働者の労務の性質、契約締結の動機、社会一般の慣行等を較量して定められるべきで、単に明示的な契約更新の事実がなかつたこと、賃金の支払が定期的であつたことのみから判断せらるべきではない。又、労働基準法によると、日日雇い入れられる者でも一箇月を超えて使用されるに至つた場合はその雇傭契約を終了せしめるには期間の定のない場合と同じく三〇日前の予告乃至三〇日分以上の平均賃金の支払を命じているが、これは全く労働者保護という労務政策上の見地からなされているにすぎず、そのために日雇労働者が一箇月を超えて引続き使用されるに至つたからといつて、日雇契約が当然に期間の定のないものに変更されるものではない。従つて、控訴会社が被控訴人に対し解雇予告乃至即時解雇の意思表示をしたのは単なる更新拒絶の意思表示にすぎず、期間の定のない雇傭契約の解約たる解雇ではない。しかして、更新拒絶即ち使用者が日雇労働者に対し翌日以後日日雇い入れをしない旨の意思表示をすることはその自由であつて不当労働行為たる不利益取扱いの成立する余地はない。のみならず、控訴会社は被控訴人等が組合員であることを知らなかつたし、被控訴人等は全然組合活動をしていない。組合活動と目されるためには少くともその行為が単に組合員個人の苦情不満の陳述というに止らず、対使用者関係において組合の黙示の承認の下に行われることを要する。しかるに被控訴人等は単に自己の個人的要求をしているにすぎない。又控訴会社が被控訴人等に対し解雇予告乃至即時解雇の意思表示をしたのは企業経営上の冗員整理を理由とするものである。即ち控訴会社においては手持工事が激減したので、昭和三三年一〇月二〇日社内定例連絡会議で雇傭日時の新旧、勤務成績の優劣、出勤率の良否、同僚労働者との協調性、現場主任に対する従順性、責任観念、就労の際の不明朗な経緯等を基準に職員二名及び日傭労働者二五名を整理することになつたが、被控訴人等も右基準に該当するので同月三〇日被控訴人等に対し解雇予告をなしたものである。しかして同年一一月一日行われた姫路市立旭陽小学校の給食室新築工事外一件の落札もできなかつたので、愈々被控訴人等の労務を受入れる仕事がなくなり、予告期間の満了まで日雇を反覆して働いてもらう必要がなくなつたので、翌二日被控訴人等に対し即時解雇の意思表示をしたものである。従つて、控訴会社が被控訴人等に対しなした解雇予告乃至即時解雇の意思表示は被控訴人等の組合活動を理由とするものではないから、不当労働行為に該当しない。仮に右意思表示がその日限りの不利益取扱いになるとしても、使用者たる控訴会社は日傭労働者たる被控訴人等に対し雇傭の自由を有するのであるから、被控訴人等は控訴会社が被控訴人等を雇傭しない限り、右意思表示の日の翌日以後は控訴会社に対し雇傭関係を主張しえず、従つてその後の賃金を請求しえないものである」と述べ
た外原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。疏明<省略>
理由
被控訴人等が昭和三三年七月末頃から控訴会社に雇傭せられていたところ、控訴会社が被控訴人等に対し昭和三三年一〇月三〇日同年一一月二九日限り解雇する旨の解雇予告の意思表示をし、更に同年一一月二日即日解雇の意思表示をしたことは当事者間に争がない。
ところで、被控訴人等は右雇傭関係は期間の定のないものであると主張するに対し、控訴人は昭和三三年一一月一七日の本件口頭弁論期日においてこれを認めたが、その後右自白は真実に反し且つ錯誤に出でたものであるとしてこれを取消し、被控訴人等は日日雇い入れられる者として雇傭したものであると抗争するので、まずこの点について考えるのに、原審証人大森惣吉の証言により真正に成立したものと認められる疏乙第一号証、当審証人紙上晋悟の証言により真正に成立したものと認められる同第二二号証の一、二、成立に争のない同第二三号証の一、二と当審証人山本保夫、同紙上晋悟、同松下竜雄、同岡本三郎、同八木守雄の各証言、原審における被控訴人平野本人尋問の結果、当審における被控訴人名児耶、控訴会社代表者本人各尋問の結果を綜合すると、控訴会社は土木建築を業とする会社であるが、土木建築業はその企業の性質上その業務の内容が臨時的なものであるため、控訴会社においてもその労働者をすべて常傭者として使用することができず、一部は常傭者、一部は日雇労働者として採用し、雇用量を自由に調整できるように予め用意しておかねばならないため、現場労働者に常傭者と日雇労働者との区別を設け、常傭者はすべて履歴書を提出し、身元保証人を付し、本店でのせんこうを得た上でなければ採用されず、採用後の賃金支払も毎月二〇日に一回支給され、出勤の際は出勤簿に判を押し、欠勤のときは届出をしなければならないのに対し、日雇労働者は履歴書を提出したり身元保証人を付したりすることを要せず、現場責任者の裁量によつて自由に雇傭せられ、賃金も日給で毎月一五日と末日の二回払であり、出欠勤も自由であつて、その間には雇入形態は勿論待遇においても厳然たる差異があり、その区別が単なる職制上のものではないこと被控訴人等はいずれも履歴書などを提出することなく、ただ住所、氏名、年令を告げただけで、現場責任者の裁量の下に所謂日日雇い入れられる者として簡単に雇傭せられ、その後暗黙のうちに引続き昭和三三年一一月二日まで使用せられたが、賃金支払も日給で毎月一五日と末日の二回に支給せられ、失業保険上も日日雇い入れられる者として取扱われていたことが一応認められ、他に右認定を左右するに足る疏明はない。してみると、被控訴人等は控訴会社から日日雇い入れられる者として雇傭せられたもので、期間の定なく雇傭せられたものではないことが明らかである。
被控訴人等はこの点につき日日雇い入れられる者でも一箇月以上にわたつて勤務することが明示的又は黙示的に約束され、引続き一箇月以上使用されるに至つた以上期間の定のないものとみなさるべきであると主張する。しかしながら、日雇労働者であるか否かは契約期間で判断せらるべきであるから二日以上継続勤務すべきことが明示又は黙示的に約束されている場合には日雇労働者ということができないのであつて、被控訴人等の雇傭に際しかかる約束があつたことはこれを認めるに足る疏明がないのみならず、単に引続き雇傭されたということによつて当然に日雇契約が期間の定のないものになるものでもない。もつとも労働基準法によれば日日雇い入れられる者が一箇月を超えて引続き使用されるに至つた場合は期間の定のない場合と同じく解雇予告をなすか、解雇手当を支払わなければ解雇をなしえないことになつているが、これは労働者保護の見地から労働基準法上特にかかる客観的事実があることにより日雇契約を期間の定のないものと同視したにすぎないのであつて、かかる規定があるからといつて他の法律関係にまで日雇契約が期間の定のないものとみなされるものではない。ただ世上には往々日雇労働者として雇傭すべき特段の理由もなく、期間の定のない所謂常傭者とその実質において何等異らず、長期間にわたり契約を更新し、且つ同一作業に引続き従事させながら、日雇労働者の名の下に低い労働条件を適用している場合があるが、かかる場合には勿論これを実質的に判断し期間の定のないものか否かを定めなければならないであろう。しかし、前記認定事実から推認せられる如く控訴会社における日雇労働者雇傭の必要性はその職種、企業形態に基く当然の要請であり、これを単なる形式的なものとすることができないのみならず、被控訴人等の就労期間も約三箇月でその労務内容も臨時的性格を帯びた所謂土工であることは当事者間に争がないから、被控訴人等の雇傭関係が常傭性を帯び、その実質において期間の定のないものと同一であるとすることもできない。
そうすると、被控訴人等と控訴会社の雇傭関係は期間の定のないものではなく、日雇契約であり、ただ右契約が日々更新されてきたにすぎないものというべく、右疏明事実から考えると、控訴人の前記自白は真実に反し錯誤に基くものと認めるのが相当であり、控訴人の前記自白の取消は有効である。従つて前記解雇予告乃至即時解雇の意思表示は更新拒絶の意思表示であるといわねばならない。
そこで、控訴会社の右更新拒絶の意思表示が不当労働行為である不利益な取扱いに該当するか否かについて考えるのに、控訴人は更新拒絶の意思表示をするかどうかは使用者の自由であるから不当労働行為の成立する余地はないと主張する。
日日雇い入れの労働関係はたとえ相当期間継続せられても法律上は日日その日限りとする雇傭契約がなされ、且つこれを繰り返えしたに過ぎないものというべきであり、而して現在の制度上使用者が労働者を雇い入れるか否かは原則としてその自由に任せられているところであるから、使用者が同一労働者との間に引続き日日雇傭契約を更新して雇い入れるか否かは原則としてその自由に属するところであるということができる。然しながら、日雇労務関係が相当長期に亘つて更新されることが予め期待せられ、この予期のもとに日雇関係に入つた場合とか、或は当初かかる期待がなかつたにしても、現実に相当長期間日雇関係を更新し、使用者労務者の双方とも将来なおこの関係を継続する意図であるものと認め得られるような場合においては法律上日日雇い入れの労働関係に変るところはなくとも、実質上は期間の定のない雇傭関係に近いのであるから、使用者がその更新を拒絶することは解雇にも等しい不利益な取扱いに該当するものであつて、労働者の組合活動を理由として更新拒絶をするが如きは、いわゆる不当労働行為として何等効力のないものと解するのが相当である。
しかして、本件においては被控訴人等は前記認定の如く昭和三三年七月末頃から約三ケ月に互り控訴会社と日雇契約を黙示的に更新してきたものであり特に短期間を予定したものとも認められないから、被控訴人等と控訴会社とは互に将来も右更新が繰り返しなされるであろうことを暗黙のうちに承認していたものと推測するに難くない。
ところで、被控訴人等は右前記更新拒絶の意思表示は被控訴人等の組合活動を理由とするものであると主張するに対し、控訴人は企業経営上の冗員整理に基くものであると抗争するので、この点について考えるのに、前記疎乙第一号証と原審証人大森惣吉、原審並びに当審証人八木守雄、同岡本三郎、当審証人松下竜雄の各証言、原審並びに当審における控訴会社代表者本人尋問の結果を綜合すると、控訴会社においては昭和三三年一〇月二〇日当時手持工事が相当減少したので人員整理をする必要に迫られ、同日の社内定例連絡会議で雇傭日時の新旧等を基準に人員整理をすることに決定したことが一応認められる。しかし、他方成立に争のない疎甲第四号証、同第一六号証の一、二、原審証人大森惣吉の証言により真正に成立したものと認められる疎乙第二号証と原審証人小林喜夫、同大西伝作の各証言、原審並びに当審証人八木守雄、同岡本三郎、当審証人松下竜雄の各証言の一部、原審における被控訴人平野本人尋問の結果、当審における被控訴人名児耶本人尋問の結果、原審並びに当審における控訴会社代表者本人尋問の結果の一部を綜合すると、被控訴人等は姫路土建労働組合の組合員であつて、前記雇傭後、労働者の地位を向上させるために、交通費の要求、残業手当、健康保険等に関し控訴会社と交渉し、或は右労働組合の支部結成を図る等積極的に組合活動を推進していたこと、前記連絡会議開催の直前被控訴人平野が控訴会社代表者に面会を求め交通費の支給を要求したので、右会議において交通費の支給を要求するが如き不都合な者のあることが議題に上つたこと、被控訴人等は右会議の結果解雇者の中に指名されたが、被控訴人等と共に解雇されることになつた他の労務者二三名はいずれも同年一〇月に数日間使用されただけであり、被控訴人等より後に雇われた田中文夫外一一名は解雇せられることなく引続き雇われていること、かくて控訴会社は同月二五日被控訴人等に対し一五日間の雇傭契約の締結方を申入れたが拒絶せられたので、控訴会社社員岡本三郎をして訴外山本保夫、小林喜夫に被控訴人等の退職斡旋方を要求させ、殊に右小林に対しては右労働組合の組合員であり、組合活動をするような被控訴人等を世話してもらつては困る旨難詰し、同人に円満退職方を交渉させたが、被控訴人等においてこれに応じなかつたので、同月三〇日被控訴人等に対し解雇予告の意思表示をなし、更にその後右労働組合から被控訴人等の解雇撤回の団体交渉の申入を受けるや、同年一一月二日即時解雇の意思表示をしたことが一応認められ、右認定に反する原審並びに当審証人八木守雄、同岡本三郎、当審証人松下竜雄、原審並びに当審における控訴会社代表者本人の供述はいずれも前顕各疎明に照し措信し難く、他に右認定を覆すに足る的確な疎明もない。以上の疎明事実によれば、控訴会社の被控訴人等に対する更新拒絶の意思表示が人員整理の一環としてなされたものであることはこれを否定しうべくもないが、右解雇基準の適用には妥当性を欠くものがあるのみならず、被控訴人等に対し右意思表示がなされるまでの経緯において控訴会社は被控訴人等が組合員であり、組合活動を行つていたことについて非常な嫌悪の情をいだいていたことが窺われるから、右更新拒絶の意思表示は被控訴人等の組合活動を理由とする控訴会社の差別待遇の意図がその主要な動機であつたことが明らかである。従つて、右意思表示は労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為としてその効力を生じないものというべきである。控訴人はこの点につき被控訴人等が姫路土建労働組合の組合員であることは知らないし、被控訴人等は単に個人的な要求をしたにすぎず組合活動をしたものではないから不当労働行為が成立する筈がないと主張するが、控訴会社が少くとも右解雇の意思表示当時被控訴人等が右労働組合の組合員であることを知つており、被控訴人等の要求が単なる個人的なものではないことは前記認定のとおりであるのみならず、控訴会社が被控訴人等を解雇する旨決定した当時被控訴人等が組合員であることを知らなかつたとしても、控訴会社が当時西播地区の土建労働者をもつて組織されている姫路土建労働組合の存在していることを知つていたことは弁論の全趣旨により明らかであり、被控訴人等の行為が労働者の団結を図り、労働条件の改善のための行為であることを知つていたことは前記認定のとおりであるから、この行為を理由に不利益な取扱をすることは控訴会社における将来の組合運動を制約せんとする意図であるのはもとより、控訴会社に影響のある被控訴人等と同様の土建労働者を以て組織する右組合における組合活動をも心理的に制約せんとする意図に出でたものと推認するに難くなく、控訴会社の行為を以て組合活動を理由とする不利益取扱いというに妨げないし、右組合が控訴会社中心の労働組合ではなく、産業別、地域別労働組合であり、その組合員が控訴会社においては被控訴人等のみであることも右認定を左右するものではない。
控訴人は被控訴人等は控訴会社が解雇手当として供託した金員を受領したから右更新拒絶の意思表示を承認したものであると主張する。なるほど、被控訴人等は右供託金を受領したことについて明らかに争わないから自白したものと看做すべきであり、供託金は受領の際留保の意思表示をする等特段の事情のない限りこれを受領することにより弁済供託の効力を生じ右意思表示を承認したことになるであろうが、被控訴人等が右受領に際し右意思表示の効力を争うことを留保していることは控訴人の自認するところであるから、被控訴人等が右供託金を受領したというだけでは被控訴人等が右更新拒絶の意思表示を承認したことにはならない。従つて、控訴人の右抗弁は採用できない。
そうすると、被控訴人等と控訴会社との間には、他に有効な更新拒絶がなされたこと等特段の事情のない限り昭和三三年一一月三日以降も従前同様の労働条件にて契約が更新され、現在も右条件による雇傭関係が存続しているものといわねばならない。控訴人はこの点につき右更新拒絶の意思表示が不利益取扱いになるとしても、その日限りの不利益取扱いになるにすぎず、その後控訴会社は被控訴人等を雇傭していないから、右意思表示をした日の翌日以後は被控訴人等と控訴会社間には雇傭関係は存在しないと主張する。しかしながら、前記認定の如く被控訴人等と控訴会社間の日雇契約は暗黙のうちに更新せられ、両者間には将来も右契約が更新せられるであろうという黙示の合意が存在しているものというべきであるから、これを無視して更新拒絶をすることは右合意による将来の雇傭関係に対し不利益な取扱いをしたことになるのであつて、単にその日限りの不利益取扱いになるものではない。従つて、右更新拒絶の意思表示が無効であれば右日雇契約は将来に引続き更新せられてゆくべき関係にあるから、控訴会社が雇傭の意思表示をすると否とは右雇傭関係に何等の消長を来すものではなく、控訴人の右抗弁も理由がない。
しかして、被控訴人等が右更新拒絶の意思表示後はもとより原審仮処分判決後も所定の労務を提供しているに拘らず、控訴会社においてこれが受領を拒絶しているため被控訴人等が就労しえないでいることは当審における被控訴人名児耶本人の供述により疎明せられ、右就労拒否が控訴会社の責に帰すべき事由によるものであることは前記更新拒絶の意思表示のなされるに至つた事情に鑑み、殊に原審仮処分判決後は一応実体上更新拒絶の意思表示のなかつた状態が形成されていることに鑑みこれを認めうるから、被控訴人等は民法第五三六条第二項により反対給付としての賃金請求権を失わないものというべきである。
そこで、被控訴人等が本件仮処分を求める必要性の有無について考えるのに、被控訴人等が控訴会社を唯一の職場としてそこから受ける賃金により生計を維持していたことは原審における被控訴人平野本人の供述、当審における被控訴人名児耶本人の供述により疎明せられ(もつとも、被控訴人名児耶が訴外富士製鉄株式会社を相手に解雇無効の訴を提起し、自己が同会社の従業員であることの確認を求めていることは当事者間に争がないが、被控訴人名児耶はその就労を拒否せられ、収入を得ることができないでいたのであるから控訴会社を唯一の職場と解するに妨げない)、被控訴人平野の平均賃金が一日四〇三円三三銭であり、被控訴人名児耶の平均賃金が一日三九〇円であることは当事者間に争ないところ、前記のように被控訴人等と控訴会社との間に現在なお雇傭関係が存続しているのに、被控訴人等が控訴会社の従業員としての地位を失つたものとして取扱われ、その収入の途を絶たれることはその生活が脅成にさらされ著しい損害を蒙るものであることが一応考えられる。従つて、被控訴人等に控訴会社従業員としての仮の地位を保全すると共に、控訴会社に対し昭和三三年一一月三日以降の賃金支払を求める仮処分の必要があるものといわねばならない。
そうすると、被控訴人等が本案判決確定に至るまで、控訴会社に対し前記各解雇の意思表示(更新拒絶の意思表示)の効力の停止を求めると共に、昭和三三年一一月三日から毎月一五日及び末日(但し、期日の経過した分は即時)被控訴人平野につき金六、〇五〇円、被控訴人名児耶につき金五、八五〇円の支払を求める本件仮処分申請は理由があり、本件仮処分は被控訴人等に保証を立てさせないでこれを許容するのを相当とする。
よつて、これと同趣旨に出た原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、民事訴訟法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)
【参考資料】
仮処分申請事件
(神戸地方姫路支部昭和三三年(ヨ)第一七〇号昭和三四年一月二一日判決)
債権者 平野修 外一名
債務者 株式会社八木組
主文
昭和三三年一〇月三〇日及び同年一一月二日債務者が債権者等にした解雇の意思表示の効力は本案判決が確定するまで停止する。
債務者は昭和三三年一一月三日から本案判決確定まで毎月一五日及び末日(但し期日の経過した分は即時)に債権者平野修に対し金六、〇五〇円債権者名児耶勲に対し金五、八五〇円を支払え。
訴訟費用は債務者の負担とする。
(注、無保証)
事実
債権者等は主文同旨の判決を求め、その原因として
(一) 債権者等は西播地区の土建労働者をもつて組織されている姫路土建労働組合の組合員であつて債務者に期間の定めなく昭和三三年七月末日から雇われておりその労務内容はコンクリート作業や地ならし作業の所謂土工である、そして債務者に雇われている労働者のうち右組合員である者の全部である。
(二) 昭和三三年一〇月三〇日債務者は債権者両名に対し同年一一月二九日限り解雇する旨更に同年一一月二日即日解雇する旨の各意思表示をした。
(三) 同年一〇月三〇日債務者代表者八木松太郎は債権者等が解雇理由をただした際「君等のように交通費を要求して組合運動をやつたり、職場でゴタゴタ組合運動をやる者はやめてもらわねばならない」と言明した。
(四) 同月二六日債務者は下請業者である山本某を介して債権者等に対し「交通費を要求したり職場でガタガタ組合運動をしたりせず、おとなしくしてくれ」と要求し、同月三〇日には「君等のように組合運動をやる者は八木組では使えないから、おとなしくやめてくれ」と退職を要求した。
(五) 同年一一月三日債務者は債務者飾玉橋工事現場に出勤した債権者等に対し以後就労を拒否する旨通告した。
(六) 即ち本件解雇は労働組合員全員を債務者会社から排除する意図でされたもので労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為である。
(七) 債権者等は全く手から口への生活をしている者で急迫な恐暴にさらされている。
(八) 債権者平野は平均賃金一日金四〇三円三三銭であり同名児耶は同三九〇円であつてその支払方法は毎月一五日に前月二六日から一〇日までの分を末日に一一日から二五日までの分を支払うことになつている。
(九) 債務者主張の解雇理由は争う
昭和三三年一一月二日現在債務者が行つている工事は姫路労働基準監督署に届出ているものだけでも、その工事及常時使用労働者は別表の通りである。
債務者は飾磨区中島、神戸市、尼崎市、竜野市等に出張所をもち兵庫県下一円にわたつて土木建築事業を行つている。
債務者は右工事を遂行するため債権者等を解雇後において新たに労働者を雇つている、即ち同年一一月五日頃一人同月一六日四人を雇入れており同年一〇月三〇日頃(本件解雇予告した頃)にも一人雇入れている。
(一〇) 一、被申請人株式会社八木組は、申請人等に対する不当労働行為による解雇が、他の多くの労働者と同時に行われた解雇であつて純然たる企業経営上の理由に基づくものであると主張しているが、これは、申請人等に対する不当労働行為の意図並びに事実を隠蔽する以外の何物でもない。
二、被申請人は昭和三十三年十月二十日の社内連絡会議で人員整理の大綱を決定し、二十七名の解雇を行つたと主張、乙第一号証を以つて工事の状況、乙第二号証を以つて整理解雇になつた労働者の人名、乙第六号証乃至乙第十九号証を以つて話し合いによる円満退社を疏明しようとしているが、これらの書証は何れも本件申請があつて以後に、会社が事実をねぢ曲げて創作したものである。
三、被申請人は十月二十日、社内連絡会議で整理人員を決めたというが、職員二名の内、宮崎君子は、九月十六日に既に退職している。(乙第四号証)一ケ月前に退職した者を再び整理の対象にするが如きは常識では考えられない。
又、乙第二号証だけ見ても、被申請人は、人員整理決定後において、尾ノ井、広田、岡、平本、岩崎、池田、長浜、大脇、安積、田中、林等十一名を新に雇入れ、数日を出ずしてその大部分を解雇したことになつている。
この事実は、当時、手持ち工事が減り、人員整理が緊急に必要な事情におかれていたと云う被申請人の主張とは、全く相反するばかりか数日を出ずして、これらの労働者の大部分を解雇したことになつている事実は、明らかに申請人等に対する不当労働行為による解雇を企業経営上の理由にすりかえるための操作としか判断できない。
更に申請人等を解雇した直後、乙第二号証だけみても、岡、池田を再雇傭し、泉、呑田、山崎、福永等四名を新に雇傭したことになつている記載事実は、被申請人の悪質な操作のあとを雄弁に物語つている。
四、乙第二号証記載の山岡利雄は、本人の証言によれば、十月上旬三日間だけ働いた者であるが、被申請人は十月十三日頃から十月末まで働いたと主張している。
又下村俊一郎は、本人の証言によれば、十月下旬から四日しか働いていないのに、被申請人提出の書証によれば、十月十三日頃から十一月二日頃まで働いたことになつている。
この事実は、被申請人が山岡、下村両名の就労期間を申請人等の解雇された時期まで人為的に延長することによつて、不当労働行為の事実をおおいかくそうとした事を自らバクロしたものであり、書証の内容が全くデタラメであることの一端を物語つている。
五、申請人等の事実調査の結果によれば、乙第六号証から乙第十九号証までの書証に記載されている労働者の大部分が被申請人の下請業者である浜野三郎に雇傭されていた者であり、被申請人との雇傭関係は全然なかつた。
浜野三郎に雇傭されていた労働者が被申請人の仕事から離れて行つた理由は、被申請人と浜野三郎との請負契約上の条件の不一致にもとづくものである。
六、乙第八号証の山田安夫及び乙第十一号証の山岡利雄については、被申請人提出の書証について全く関知しないと証言しており、これらの書証は、被申請人が勝手に偽造したものである。
七、被申請人提出の書証乙第十二号証の川口清、乙第十五号証の牧野利夫なる人物は、公簿上実在しない。
随つて被申請人の偽造文書である。
八、以上の如く被申請人提出の書証のみをもつてみてもその主張が全く道理に合わないものであり、その真実性は甚だ疑わしいとくに偽造文書を書証として提出するが如き行為に至つては、全く常軌を逸したものであり、法廷を侮辱するも甚だしい。
と述べた。
証拠<省略>
債務者訴訟代理人は債権者の申請を却下する判決を求め、答弁として
債権者等主張の(一)は認める、但し労働組合員であることは知らなかつた。
同(二)は認める。
同(三)は争う、債権者等の交通費の要求に対し債務者としては交通費は一般労働者には支給していないから要求に応ずることはできない旨答えたら債権者等は納得した、債権者等が組合運動したことはない。
同(四)は否認する。
同(五)は認める。
同(六)は否認する。
同(八)は認める。
本件解雇の理由は債務者の企業上の理由である、即ち債権者等を雇入れた当時から手持工事は漸増し八月から九月にかけて一三件を数えていたが同年一〇月下旬になつて工事は完了または大体完了したのが七件になり、続行中のものも労務者を要する仕事が激減して来たが、工事の新契約の見込はたたなかつたので同月二〇日人員整理の大綱を決定し雇傭日時の新旧勤務成績の優劣等を基準にして職員二名及び債権者等労務者二五名を解雇したのである。但し債権者等以外の二三名は合意によつて任意退職した、右二三名のうち六名は同年一〇月一日から同月五日まで、うち六名は同月一〇日から同月一五日まで、うち二名は同月一五日から同月二〇日まで、うち二名は同月二〇日から同月二五日までうち七名は同月二六日から同月三一日まで使用した、本件解雇後六名の労務者を雇入れているがうち男は後片づけ女は硝子ふきの仕事で同年一一月に数日使用した。
債権者等は臨時に雇入れた日傭労務者であつて解雇予告は要しないが一箇月以上引続き使用したので予告をし、また三〇日分の解雇手当を提供したが受領しないので供託したところ債権者等は同年一二月一日これを受領したから解雇は有効に成立している、もつとも債権者等はその受領にあたつて右受領は解雇を承認したのでもなく解雇の効力を争う意思を抛棄したのでもなく賃金として仮に受領する旨通告して来ているが、そんな主張は許さるべきでない。
と述べた。
証拠<省略>
理由
債権者等主張の雇傭の時期、労務の内容、解雇の通告、就労拒否の事実は争いがない。
債務者は債権者等を解雇したのは債務者の手持工事が激減したため雇傭時の新旧勤務の優劣を基準としてしたもので債権者等が所謂組合活動したためではないと主張し証人大森惣吉同八木守雄同岡本三郎債務者代表者本人は右に添う各供述をしているがこれは後に認定するところと対比して信用できず他にこれを認め得る証拠はない。
なるほど企業の性質上その所要の増減のあることは当然であろう。しかし、
証人大森惣吉の証言によつて成立を認め得る乙第一号証によると債権者等よりも後に雇われた田中文夫外一一名は解雇せられることなく引続き雇われていることが認められ、また債権者等と同時に解雇したと債務者が主張する債権者等以外の二三名の労務者はいづれも同年一〇月に数日間使用しただけであることは債務者の自ら主張するところである。
証人大西伝作同小林喜夫債務者代表者本人の各供述によると債権者等はその交通費の要求、残業手当、健康保険等に関し債務者と交渉し所謂組合活動をしたことが認められる。
また証人八木守雄同大森惣吉の証言並びに証人大森の証言によつて成立を認め得る乙第五号証によると債権者等が債務者の申出でによる有期(一五日間)の雇傭契約に同意しておれば本件解雇は行われなかつたことが認められる。
以上の各認定事実並びに証人小林喜夫債権者本人平野の供述によると本件解雇は債務者が主張する手持仕事の激減によつてその雇傭日時の新旧、勤務成績の優劣がその理由ではなく、債権者等の前記のような所謂組合活動がその理由であると認められる、右認定をくつがえすに足る証拠はない。
よつて本件解雇はいづれもその効力はない。
債務者主張のように債権者等が供託金を受領したとしても債務者自ら主張するように債権者等は右受領にあたつて本件解雇の効力を争うことを留保しているのであるから右認定の妨げにはならない。債権者平野本人の供述によると債権者等は生活に困つていることが認められる。
(裁判官 中村友一)
(別表省略)